【ブログ_精神】過去の作品に宿る永遠の価値
どうも、たこやきです。
最近、ふと思ったことがあります。
世の中は平成から令和へと移り変わり、映像技術が驚くべき進化を遂げています。特に映画やゲームの世界では、その美しさがまるで現実と見分けがつかないほどのクオリティに達しています。まさにテクノロジーの進化が我々の視覚体験を次々と新しい次元へと引き上げているのです。
しかし、そんな中で私は、なぜか昔の作品に心が引かれている自分に気づきました。例えば、『ドラえもん』。
この作品は、時代を超えて愛され続けており、そのシンプルながらも深いテーマが、子供から大人まで多くの人々に影響を与えてきました。
藤子・F・不二雄の描く未来の世界には、最新の技術や便利な道具が溢れているのに、その背後にあるテーマはとても人間的で、優しさや友情、そして時には寂しささえも感じられるのです。
私は、ドラモンズシリーズ と 大長編のび太の恐竜が好き。
ここで、のび太、という人物について。
やはり、、、教室の苛められっ子、つまり昭和・平成のオタクなんのでしょうね。そんな少年の空想上の生物、、、ドラえもん。このネコ型ロボットが、自分の境遇を救ってくれるという構図の進化系が、ラノベやアニメの美少女への憧れで、その空想上の美少女へ、切なる人類の祈りの結晶が、ピエタ (ミケランジェロ)につながると思っています。
また、歌川広重の浮世絵や、『源氏物語』のような古典文学に触れると、私たちが持つ感情や美意識が、時代を超えて共通するものがあることに気づかされます。
広重は、当時の日本の風景や日常を美しく捉えており、そこには技術的な進化では表現しきれない、永遠の美が宿っています。
また、下記のブログでも記しましたが、私にとっての広重の美について
広重は、人物よりも、衣服や風景、山々に力が入っており、人間は自然の一部として描かれているように思えました。この描写は、その生きているさまが美しいと、語っているように思えて、また、人間の個々の違いよりも、自然との調和や共生を強調しているようにも感じられましたね。 (つまり、人間それぞれはあまり大差がないともいえますが、かえってそれが平等的に人を観ているともいえますがね)
そして、『源氏物語』の物語は、人間の複雑な感情や社会の中での葛藤を描き、現代でも通じる普遍的なテーマを持っています。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の相関図をみていると、やはり、主人公の光源氏=藤原道長 という構図、つまりあの作品は、最高権力者の愛の物語だから、、、だから面白く文学的価値があるんだと思います。
また、源氏物語なら、10年前のラノベですが、「ヒカルが地球にいたころ」という野村x竹岡 のラノベも好き!実は、この作品を契機に、源氏物語関連を読み漁りましたね(笑)。
さらに、仏教の教えに触れると、ブッダの言葉が現代にも深く響くことがあります。彼の教えは、心の安定や精神の成長に焦点を当て、私たちがどれだけ技術的に進化しても、心の平和や自己の内面と向き合うことの大切さを教えてくれます。
また、他人の行いより、自分の行いのみを注視して生きる、今の自己啓発のようなテイストで綺麗です。
ブッタ「真理の言葉」
こうした作品や教えに触れることで、技術がいくら進化しても、人間の精神性や内面の成長には限りがあり、それが時代を超えて続く課題であることに気づかされます。
これらの作品は、私たちに永遠の価値を伝えてくれるものであり、そこには現代技術では表現しきれない、人間の本質的な美しさが詰まっているのです。
私自身、これからもこうした過去の作品に触れながら、技術の進化に伴う新しい体験と、永遠に変わらない精神性のバランスを探っていきたいと思います。過去から学び、未来を見据えることこそが、真に豊かな人生を築く鍵なのかもしれませんね。